本年9月、株式会社マーキュリアホールディングスの中核子会社である株式会社マーキュリアインベストメント(以下、「MIC」)は、
その運営ファンドを通じて食品スーパー「クックマート」を展開するデライトホールディングス株式会社(以下、「デライト」)に出資を行いました。
デライトは、東三河・浜松エリアで12店舗を展開するローカル食品スーパーです。
二代目社長である白井健太郎氏は、従来の食品スーパー業界が前提とする業界の常識への疑問を起点とした独自のモデルを創り出し、
その強力なリーダーシップのもとで「デライトモデル」を実践してきました。
その結果、コロナ禍においても、クックマートの持つユニークな特徴を活かした店舗運営により成長を持続。
2021年の売り上げは300億円を突破しました。
白井社長が「デライトモデル」を練り上げるきっかけとなった「ストーリーとしての競争戦略」は、
MICのアドバイザーでもある一橋大学教授の楠木先生が執筆されたというご縁もあり、
今般、楠木教授と白井社長をお招きし、「デライトモデル」誕生のきっかけや投資ファンドとの協業に至った考えをお聞きしました。
豊島 楠木先生と白井社長にはお忙しいところお時間をいただき感謝申し上げます。白井社長は、MICファンドとの協業を検討される以前から楠木先生の著書「ストーリーとしての競争戦略」を愛読していらっしゃったとのことです。御社独自の「デライトモデル」も、「ストーリーとしての競争戦略」をベースに考えられたものでしょうか?
白井 「ストーリーとしての競争戦略」は10年前、私がデライト入社直後に出会い、多くのインスピレーションをいただいた本です。ですから、本日は楠木先生とのディスカッションの場を頂き大変光栄です。まず、私自身と弊社について簡単に説明させてください。私自身は、豊橋の出身でして東京の大学を卒業した後に広告やキャラクタービジネスなど、クリエイティブ関連の仕事に関わってきました。その後、家業であるデライトを継いだのですが、スーパーマーケット業界に身を置くなかで業界の常識に対して諸々の違和感が生まれたんですよね。
豊島 例えばどのような点で違和感があったのでしょうか?
白井 多くのスーパーマーケットが独自性を出そうとしながら、実際は他社や業界のベストプラクティスを一生懸命勉強し、結果、皆が「全力で似に行っている」ということです。競争戦略とは本来、他社との違いを作ることのはずなのに、皆が「正解」に群がって同質化しているような印象を持ったのです。『唯一の「正解」などない、もっといろいろな「正解」があっていいんじゃない?』というのが素朴に感じたことです。
私はチェーンストアの中でも食品スーパーはちょっと特殊なところがあり、それは「ローカル性」「生鮮食品」という二重の「ナマモノ」ということに行きつくと思っています。この「ナマモノ」という領域はある種の「魔境」であり、全てを合理化し尽くすことはできないわけです。合理化できないところを無理に合理化しようとするから無理が生じるわけで、むしろ「複雑なものを複雑なまま取り扱う」という、独特のアプローチが重要だと考えています。
そのようなことを考えている中で楠木先生の「ストーリーとしての競争戦略」と出会い、大変感銘を受けました。この本には、業界の常識を疑い、自分のオリジナリティを発揮するための「秘技」が詰まっており、私がぼんやりと考えていたデライトの在り方に輪郭を与えてくださいました。私は、大手スーパーは便利で必要だと思いますが、同時に、デライトのほうが優れている点もたくさんあると思っています。キーワードは「リアル×ローカル×ヒューマン」で、これによって「地域の活気が集まる場所」を創り出すというのがデライトのやりたいことです。
楠木 拙著を熟読し、経営の参考にしてくださっているとのこと、大変嬉しく思います。興味深いお話しなので色々とお聞きしたいのですが、まず先ほどおっしゃっていた「活気」というのは具体的にどのようなことなのでしょうか?
白井 シンプルに言うと「人が集まる」ということですね。これは従業員とお客様の両方を指しています。例えば、大手スーパーでは1店舗当たりの従業員数はなるべく少ないほうがよく、少ない人数で効率的に運営することが常識だとされています。しかし、クックマートの場合は「地域の活気が集まる場所」がコンセプトなので、業界水準を上回る従業員数を店舗に配置し、店の規模に不釣り合いなほどの売上を目指しています。
これによってクックマートの平均売り場面積は300坪程度にもかかわらず、平均年商/店舗は27億円、売り上げが大きな店は37億円を超えます。食品スーパー業界において同サイズの店舗であれば平均年商15億円程度であるため、大幅に上回っています。クックマートのやり方は業界の常識からすると、「小さな店でたくさんの人手をかけて非効率」「もっと店舗展開をすればいいのに」と言われてしまうのですが、弊社では「活気を生んでいる」と考えます。
楠木 大変興味深いです。お話を伺っていて「市場(しじょう)シェア」とか「市場(しじょう)規模」などのように「市場(しじょう)」と呼ぶのが良くないのではないか、という話を思い出しました。「市場(しじょう)ではなく、市場(いちば)である」と。ここでのポイントは「市場(いちば)」は白井社長のおっしゃったように「活気がある」ことは勿論、それ以上に「創造的・偶発的な出会いがある」ということなんですね。「需要と供給がお互いを発見する場所」という意味が含まれているのです。例を挙げると、フリーマーケットであれば「発見する面白さ」がありますよね。その点、デライトでは商品構成や仕入れでも何か工夫されているのでしょうか?
白井 デライトの場合、大きな方針は本部で決めますが、具体的な仕入れや価格設定、商品開発は現場主導で行います。ですので、私自身が店舗を回っていても常に「こんな商品があるんだ!」という驚きや発見がありますね。大手のチェーンストアと同じ土俵に乗っても、それは巨漢力士に真っ向勝負を挑むようなものです。「ストーリーとしての競争戦略」で楠木先生がおっしゃっているように、我々のなかでは「やること」以上に「やらないこと」が明確であることが重要だと考えています。
楠木 例えば業界では当たり前なのに御社では「やらない」と決めていることは何でしょうか?
白井 「価格訴求のチラシを打たない」「ポイントカードは作らない」「ネットスーパーをやらない」「深夜営業(20時以降の営業)をしない」「商談会・展示会への積極参加しない」等々たくさんあります。これらは他社から見ると非合理なことでも、デライトのストーリーから見ると合理的なのです。
楠木 人材確保や育成も、ぜひお聞きしたいポイントですね。私は働く上でのやりがいとは究極的には「いい仕事」と「いい給与」だけだと思っています。御社の場合は何らかのお考えのもと、工夫などされているのしょうか?
白井 そうですね、まず、デライトの給与は業界平均よりも高く設定しています。その上で地元の面白い人材を確保するために様々な施策を行っています。例えば、それぞれが自分にあった役割で活躍できる人事制度。年齢・経歴にかかわらず、また、店舗・本部にかかわらず、役割ごとに能力・経験レベルを認識する、合理的かつシンプルな独自の人事制度を導入しています。他にも、社内SNSの活用や経営方針発表会(デライトDEナイト)、社内アンケートなど、「己を知り、組織を知る」ための数々の社内制度があり、「ここまでやっている会社はあまりないのでは?」と自負しています。ただ「食品スーパー」というステレオタイプなイメージもあり、採用の観点ではまだまだ伸びしろがありますね。地元の人たちが安心して働ける場を提供するということは地方の活性化そのものだと考えていますので、もっと多くの人にデライトで働く面白さを知っていただきたいですね。
また、私が常々大事だと思っているのが、ローカルの「普通の人々」のメンタリティをよく理解することです。私は東京で働いていたこともあるのでよくわかるのですが、人生観やキャリアイメージなど、都会の人とローカルの人では随分違うところが多いです。そして日本全体で見るとローカルの人の方が圧倒的に多い。それなのに東京の理屈がそのままローカルで通用すると考えている。ある程度ユルさのある組織というのは結構面白いと思いますけどね。
豊島 白井社長のおっしゃることはよくわかります。東京から来た人間が突然「ビジネスモデルが」などと教科書的に大上段から言っても現場の皆さんは面白くないですよね。コンサルティングも勿論大事であるとは思いますが、MICの場合はファンドが実際にお金を入れて同じ船に乗っていますから、デライトの中に成長に対する意欲と仕組みがあることが非常に大事だと思います。実際にMICの投資チームと仕事をして何か感じられることはありますか?
白井 これまでは取締役である弟と二人三脚で経営してきたのですが、他に経営人材がいないというのが悩みであり課題でした。「豊橋というローカルを拠点にしつつ、全国レベルの経営人材と出会うことはできないか?」そこを突破するというのがMICと組んだ大きな動機の一つです。MICの投資チームの皆さんはまず話をとても親身になって聞いてくださいます。私よりも更に若いメンバーも多く、とても刺激を受けています。私は以前から経営においてもお笑いのように「ボケとツッコミ」が大事だと思っています。突拍子もないアイデアを言う人がいて、それについてツッコミを入れてくれる人がいることでアイデアがブラッシュアップされてくる。私とMICの関係はまさにそんな感じです。私が全力でボケるので、もうちょっとツッコミを頂いてもいいくらいですよ(笑)。
楠木 投資ファンドからの出資を受け入れるというのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
白井 冒頭に申し上げたように、規模の拡大や効率性を重視する大手チェーンストアのやり方は必要だけどあまり面白くはない。食品スーパーはそもそもローカルなものだと思っているので、全国チェーンになっていくつもりもない。ローカルチェーンならではの独自性や現場のやりがいを大事にし、あえて大手とは異なる戦略を取ってきたわけです。
そんななかで、国・心・世代の壁を超える「クロスボーダー」を経営理念として掲げているMICに出会いました。私はこの「クロスボーダー」という理念を深読みして、「魔境への越境」というニュアンスを勝手に受け取ったのです(笑)。
そして、対話を重ねる中で、この人たちとはいい議論・いいコラボレーションができそうだと思いました。そして、食品スーパー業界は保守的ですので、成長の手段としてファンドと協業するというのは普通のローカルチェーンにはできないだろうと。「食品スーパー」と「投資ファンド」という異色のコラボレーションは、既存の枠組みを超えて今後大きく飛躍するため必要なものだと直感したのです。
デライトという「よい素材」を、ファンドという「共同プロデューサー」と共に発展させていくことで、小売業界の持つ構造的な問題を解決していくことができるのではないか。財務戦略のサポートはもちろん、各地の特色のあるローカルスーパーとの事業連携や、全国レベルのユニークな人々との出会いなど、MICの皆さんに期待していることはたくさんあります。
楠木 成長戦略について教えてください。先ほどのご発言は、地域に一定の店舗を持つローカルスーパーへの資本参加なども検討されるというご趣旨だと思います。これは非常に興味深いです。地域ごとの特性はあるものの、デライトモデルがきちんと出来上がっていればその適用というのが生きてくるのでしょうね。
白井 そうですね。今後MICと共にそれについても真剣に検討していきたいです。地域に根差しながらも大手との差別化ができていなかったり、孤軍奮闘で悩んでいるローカルスーパーも多いと認識しています。そういう会社と連携して発展させていくことは、その地域や従業員の方への貢献になりますよね。私は東京で全くの異業種を経験していたということもあり、ローカルの人の気持ちも、東京の人の気持ちもわかるので、ある種のボーダーにおける「通訳」のような役割ができるのではないかと考えています。現場への権限委譲などを行うことで従業員のモチベーション・潜在能力を開花させるデライトモデルは他地域のローカルスーパーにも適用できると考えています。
楠木 お話を聞いているとモデルはすでに見えている印象はありました。ただ、商売の今後に不安を感じているローカルスーパーにデライトモデルを適用し活性化するに当たっては、複雑なニュアンスも含めてその内容を100%言語的に説明する必要がありますね。相手が正確に理解できるよう、わかりやすい説明が必要でしょう。
豊島 そういう意味では、白井社長は現在デライトモデルをまとめた本の執筆にも取り掛かっていらっしゃると聞きました。デライトモデルの言語化が進んでいるということですよね。
白井 はい、来年の春頃に出版予定です。楠木先生がおっしゃるとおり、言語化によって自分の考えも整理されていっています。
楠木 それは大変楽しみです。わたしも拝見したいですね。今日お話を伺って、白井社長の思想やデライトモデルには非常に興味を惹かれています。上梓される本の解説や帯を書かせていただきたいくらいです。
白井 えっ!本当ですか!?それは非常に嬉しいです。
豊島 楠木先生と白井社長もすっかり意気投合されたようで、弊社としても大変嬉しく思っています。まだデライトへの投資はスタートしたばかりで、これからが本番です。さらなる発展に向けてデライトとMICが二人三脚となって挑戦していく必要がありますが、投資チーム共々精一杯頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。
白井 本日はありがとうございました。
楠木 建
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。
白井 健太郎
デライトホールディングス株式会社 / クックマート株式会社
代表取締役社長
1980年愛知県豊橋市生まれ。明治大学商学部卒業後、インターネット広告、キャラクタービジネス、映像制作、観光プロモーション、クリエイターのエージェントなどを経験。2010年デライト関連会社である食品卸問屋に入社。2012年デライト入社。2017年より代表取締役社長。今までのスーパーマーケット業界の常識にとらわれず、「楽しさ」「内発的動機」を中心とした「人を幸せにする新しいチェーンストアの創造」を目指している。
豊島 俊弘
株式会社マーキュリアホールディングス / 株式会社マーキュリアインベストメント
代表取締役
日本政策投資銀行(以下、 DBJ )に 1985 年に入社。グロース・クロ スボーダー投資グループ長や、世界銀行上級民間セクター専門官等を 歴任。 2005 年以降は、 DBJ で成長投資を担当すると同時に、創設メ ンバーとして当社に参画。 2008 年に代表取締役に就任。 Mercuria の発展を主導。 DBJ では不動産証券化・ PFI ・事業再生業務の立ち 上げを行い、世界銀行ではアフリカ諸国の国営企業民営化に携わる。